2009年3月 6日

昔の自分がちょっと頑張ってくれたので……ね。

090306.jpg昨年の暮れに実家を整理していると、当方が高校生の頃に描いた漫画原稿が発掘されました。
それを大事に持ち帰り、自宅で開いた年末パーティで自慢げに大公開。
皆からは、「学生の時分に捧げた努力を、今こうして人に見せびらかせることなど、そうはないぞよ!」と羨ましがられました。

「漫画なんか描いていないで勉強しなさい!」とよく怒られましたが、「勉強をせずに漫画を描いていたスキル」を今に活かすことが多くなってきたと実感しています。講義中にサッと人の顔を描き、受講者の目線を集中させられるのは、ひとつの特技となっていますね。

「本を読みなさい」という親はいても、「本を書きなさい」という親は少ない』とは、坊ちゃん文学賞のキャッチコピーですが確かに言い得ています。
親として自分がやってきたことは強要させられるが、自分がやってこなかったことは懐疑的になってしまうのでしょう。自らが予測できる事へ相手を強制したり、社会的に認知された枠組みへ入れてしまうってことが、なんだか正解っぽくて安心するのかもしれませんね。

最近、ある企業の研修で、受講者に対するレベル感を決めつけてしまい、「彼らにはこれだけでよい。これ以上は教えるな。そんな期待はない」と主張する事務局と仕事をしました。もちろん当方としては講師としてのアイデンティティが保てないため、その仕事は続けられなかったわけですが、たいへん残念な想いをした訳です。
それぞれ個人の可能性(伸びしろ)なんて、ある他人が期待するレベルに押さえ込むものではないと考えています。ヒトはモノではありませんから……。

"予想のつく時代"では、社会全般に共通する基準を保つことが求められます。しかし、今の"予測のつきにくい時代"には、自らのパフォーマンスを発揮できるアウトプット力が必要だと感じています。そして社会や組織もそれを望んでいると思いたいです。

いまそうした力が欲しければ、過去の自分と話し合ってみることから始めましょう。もしかしたら、悩みモガいた若い自分が何かを残してくれているかもしれません。
逆に充分なスキルがないと感じれば、未来の自分に対して、さぁ何かをやってみましょう!

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コメント

ワタシも、今年の初めに人生の棚卸しをしました。
このご時世、新しいことをはじめるよりも、人生を振り返ってみて、
自分の中の「素材」を見つけてみたいな…と。

思いのほかたくさん見つかりまして、
ひさしぶりに挑戦してみたいことや、ご縁がありました。
当時は「面倒くさいな」とか「むいてないかも」と思っていたことも、
今となれば経験しておいてよかったと、しみじみ。

20年前、もがきながらも生きていた自分を愛おしく感じつつ、
20年後の自分が、今の自分に感謝できるように
ココロを解放し、全ての出会いにウェルカムでいたいです。

追伸:自宅パーティ、今度呼んで下さいね。

しましまパンツちゃん さんへ
そうですね。過去の自分は、今の自分に役立つ事ってありますよね。
そして、今の頑張りは未来の自分へつながりますね。

じゃ、自宅パーティに呼びます!

This is exactly what I was looking for. Thanks for wirting!

JiukjH mcjgaabwkuin

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